最初の打ち合わせ段階ですべて決まっていたサイト構成。その要望は本当に正しかったのか。下請け時代の実体験から、設計で最も難しい判断について考える。
今でも、ときどき思い出す案件があります。
最初の打ち合わせの段階で、サイトの構成も、各ページの役割も、レイアウトのイメージまでも、すべてが決まっていました。
トップページはこの順番。下層ページはこの構成。ここにはこの文章を入れて、この位置にこのボタンを置く。まるで完成図をなぞるような要望でした。
当時の私は下請けの立場でした。こちらから設計に関する提案を差し込む余地はほとんどなく、「この通りに作ってください」という空気が最初から出来上がっていたのを覚えています。
誤解のないように言うと、その要望が的外れだったわけではありません。
情報は整理されていましたし、伝えたい内容も明確でした。業界のこともよく理解されていて、「なぜこのページが必要なのか」という理由も、一つひとつ説明がついていました。
要望だけを見れば、正しい。むしろ、よく考えられている部類だったと思います。
だからこそ、そのまま作ることに、当時の私は疑問を口にできませんでした。
今振り返ると、はっきり言えます。
あのサイトは、完成した瞬間から壊れていました。
情報はあるのに、読み手の視点がありませんでした。構成は整っているのに、流れがありませんでした。要素はすべて正しいのに、全体として「伝わらない」状態だったのです。
設計とは、本来、要望をそのまま形にする作業ではありません。
要望の背景にある意図を読み取り、優先順位をつけ、削るものを決め、まだ言語化されていない前提条件を整える行為です。
しかし、その案件では、それが一切できませんでした。
当時は、「立場上、何も言えなかった」と思っていました。
でも今なら、正確に言葉にできます。
私は、「言わなかった」のです。
壊れる可能性に気づいていながら、踏み込まず、設計の責任を放棄していました。完成させることが仕事だと、自分に言い聞かせていたのだと思います。
結果として、そのサイトは更新されず、活用されることもなく、静かに役目を終えていきました。
今、同じ相談を受けたらどうするか。
おそらく、そのまま作る仕事は引き受けません。
要望が固まりすぎていて、設計の余地がない場合、それは「制作」ではあっても「設計」ではないからです。
作れるかどうかではなく、作るべきかどうかを判断する。それも、設計の仕事の一部だと考えています。
難しいのは、要望を否定しないことと、要望をそのまま通さないことを、同時に成立させる点です。
相手は真剣に考えています。だからこそ、こちらも真剣に向き合わなければならない。
「その要望は正しいです」と言いながら、「でも、このまま作ると壊れます」と伝える勇気が、設計には必要です。
設計とは、決める仕事だと思われがちです。
しかし実際には、決めない選択をする場面のほうが、ずっと難しい。
作らない。通さない。引き受けない。
それらを選ぶ理由を、きちんと説明できるかどうかが、設計者としての分かれ道になります。
設計とは、決めない勇気でもある。