発信を続けていると、必ず反応が気になる。
数字、コメント、既読、保存数。
見えるものは分かりやすい。
だから、そこに意識が吸い寄せられる。
反応は結果であって原因ではない
伸びない。
反応が薄い。
届いていない気がする。
そこで多くの人がやることはひとつ。
「もっと刺さる言葉」を探し始める。
でも、反応は結果。
原因ではない。
ズレは静かに起きている
発信が噛み合わなくなるとき、派手な崩れ方はしない。
少しずつ、静かにズレる。
- 届けたい相手が曖昧になる
- 言葉が広くなりすぎる
- 本音より安全を選ぶ
このズレは、数字にはすぐ出ない。
だから気づきにくい。
反応を見るほど、軸は揺れる
反応を追い始めると、基準が外に移る。
すると発信は変わる。
少しだけ、迎えにいく言葉になる。
少しだけ、角が取れる。
その積み重ねが、ズレになる。
見るべきは「違和感」
発信者が見るべきなのは数字ではない。
自分の違和感。
- これは本当に言いたかったことか
- 誰に向けて書いているのか明確か
- 安全な表現に逃げていないか
ここが曖昧なまま続けると、成果は出ない。
出ないまま、続いてしまう。
発信は整えるものではない
整えすぎると、伝わらなくなる。
磨きすぎると、削れてしまう。
発信は、調整ではなく確認。
ズレていないかを、静かに点検する作業。
まとめ
反応を見るな。
ズレを見ろ。
成果は、軸が合ったときにだけ伸びる。
外ではなく、内側を点検する。
それが発信と向き合うということ。