立春を過ぎた。
暦の上では切り替わったことになっている。
ただ、判断まで切り替わったかというと、少し怪しい。
季節が変わっても、環境が変わっても、
判断だけが前のまま残ることがある。
切り替えたつもり、という錯覚
判断が変わらないとき、多くの場合は自覚がない。
変えたつもりになっている。
- ▶︎ もう切り替わった気がしている
- ▶︎ 判断も更新されたと思い込んでいる
- ▶︎ 実際には物差しだけが残っている
立場や環境は動いている。
それでも、判断基準だけが以前のままなら、選択は変わらない。
判断は環境では動かない
判断は状況に反応して変わる、と思われがち。
でも実際はかなり内側にある。
- 何を優先するか
- どこまで許容するか
- どのラインで決めるか
ここが更新されない限り、
状況だけが変わっても、判断は似た形を繰り返す。
成果が止まるときに起きていること
判断が動かなくなると、行動は慎重になる。
慎重さ自体は悪くない。
ただ、感情が混じり始めると判断は鈍る。
- ▶︎ 失敗したくない
- ▶︎ ズレたくない
- ▶︎ 間違いたくない
安全な選択を重ねながら、
変えているつもりで同じ場所に留まる。
判断は変えるものではなく点検するもの
判断を変えようとすると力が入る。
必要なのは修正ではなく点検。
今の判断基準が、
今の立ち位置と噛み合っているか。
ズレていれば、違和感が出る。
その違和感が、次の判断になる。
まとめ
切り替わらないのは能力の問題ではない。
判断基準が静かに置き去りにされているだけ。
立春を過ぎた今、
環境ではなく判断の物差しを見直す。
そこから次の一手が変わり始める。